母の日                      2007.5 安田 倫子

母の日、それでも母の日
「22時05分、あと、1時間もないよ。今日は母の日だもの、今日中に、お母さんありがとうぐらいは言っといてもらいたいわね」仕事でパソコンに向かったまま、丁度、横を通り過ぎた大学院生の息子の背中に声をかけた。
「何もせん!(しないという意味の今治方言)」
「いつも貴方の誕生日にはお祝いしてるし、そうでなくても、いつも母(かあ)ちゃんに何かとお世話になってるでしょ」
「今年はなかった(ボクへのお祝い)。」キッパリと言う。
「おかあさま、(わざとあらたまった言いかた。1年に一度も使わない。)今年のオイラ(普段の照れたときの自分の呼び方)の誕生日には、どちらにいらしていたのですかねえ」
(ヒッ、そういえばこの間の彼の誕生日の4月28日は私、中国にいた。電話もしなかった。)「えっ、あの、パンダのキーホルダーのお土産・・・・・・」(口ごもる私)
「でもねえ、人間、一年で何回か嬉しいことがあると、元気が出て活躍できるものなのよ。母ちゃんは特にそーよ。今日は母の日〜」
と体勢を立て直し、精一杯粘ってみたが、
「余計な事を考えないで、おかあさまは、前を向いてまっすぐに歩いていきなさい」
冷蔵庫をパタンと閉め、そういう言葉だけ残して自分の部屋へ消えた。
(あん!もう!ああいう風に育てた母がまずかった!母って誰?私よ。それに、育ててないじゃん。彼が小学校1年生から実家に預けて12年。彼の子ども時代をほとんど知らないんだもの。私が乳癌で養生が長引いたといっても、そりゃあ悪かったわよ。しかし、どんな母でも貴方の母なのよ〜。)
息子を産んだ頃、夫からカーネーションをもらったとき、御礼を言うかわりに「私は貴方の母ではありません。妻です。」と言ってからは夫からも花束がないな。

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