第4回国際親善剣道大会観戦                      2007.11 安田 倫子

2007年11月10日(土)〜11日(日)『花月園』に宿泊、隣接する町営『レイクアリーナ箱根』にて、『NPO法人国際社会人剣道クラブ』の平成19年度全国例会と第4回国際親善剣道大会が行われた。

先だって日本武道館での夏の全国少年剣道練成大会で、平川信夫先生にこの会へのお誘いを受けて以来、この日の観戦を楽しみにしていた。「受付・接待」の役員という形でお手伝いもさせて頂いた。
参加人数は韓国、台湾、ベルギー、イギリス、日本、合わせて95名。初心者も少し混じってはいるが、各国男女共にほぼ6段以上、10年以上の経験者からなる。

2日間の稽古会に続いての試合は、全日本剣道連盟試合規則に則った、しかし1本勝負。勝負を1本に懸ける素晴らしさはこの上ないものだ。審判も有無を言わせぬ1本しか旗を揚げない。武道を冠する試合はこうでなくては。

社会的に仕事で成功している参加者にとって、実力がどのように貴重な財産であるかの自信の裏付けは既に充分に持ち合わせている。その上で、彼らは剣道を通して日本文化の嗜み(たしなみ)である作法、立ち居振る舞いなどを進んで学ぶ。それがどれほど美しいか、どのように自己を鍛えることができるかを長年の稽古の中で体験してきたからこそ、剣道が大きな魅力となっているのだ。

小細工などは労しない。面白いほど正々堂々の真っ向勝負を挑んでくる猛者(もさ)揃いだ。何処に出しても恥ずかしくない、とはこういう選手達のことをいう。

彼らのお蔭で白熱した試合の数々を堪能できた。
女子も私が現役時代だった30年余り前とは事情を異にして、20代から60代と年齢も幅広く、同じ段の男子と互角に渡り合っている。日本の選手では30代から始めたという方々が特に溌剌、伸び伸びとしていた。
どの試合もまざまざと記憶に残る見事さだった。

試合後の審判長の講評にも、男女を含めてのこれほどのレベルの高い試合は他に見ない、各コートの審判の判断も良かった、とあった。
警視流木太刀の形、友川紘一・近光正両教士八段の演武も、静まり返った広い会場に、衣擦れ(きぬずれ)の音さえ激しく響き、感に入った。
ヨーロッパ剣道連盟会長のアラン・デカルメ先生は廊下ですれ違ってさえ目を引く存在だった。和服姿の優しい眼差しの中にも武士の威風堂々たる風格の漂う主(ぬし)だった。

それに、彼らの「会釈」の素晴らしさ、美しさは例えようもなかった。ああ、美しいということは国籍を越えるなあ、としみじみ感動した。日頃、必要があって、私がすれ違う人々でこれほどまでに品のある、会釈を交わすということは絶えて久しい。
互いに別の言語を持っているという言葉のせいだけではない。それぞれの振る舞いの内に、「会釈」という、とても大切なコミニュケーションがあるということを改めて教えられた。
心を込めた「会釈」は言葉を超える。
「会釈」は相手に対する礼儀として日本の文化の中でとても重要な仕種(しぐさ)であったはずである。バーガーショップの「いらっしゃいませ、こんにちは」学生達の「じゃあね、バイバイ」などばかりではなく、街中には軽い言葉が飛び交っている。大人になっても「おとうさん、おかあさん」ではなくて「パパ、ママ」で何が悪い、と集中攻撃を受けそうな気配の、肩身の狭い思いをしている私にとって、「通じる会釈」に出会ってほっと和んだ気持ちになれたのは幸せだった。

観戦後、「守・破・離」「恐れるな」「好きこそものの上手なれ」「最後まで投げるな」「継続は力なり」「お前にはお前の剣道がある」「男の真似はするな」「白鳥のように舞え」「気位を持て」「清潔が一番」などなど、皇宮警察名誉師範、剣道範士九段の故中村伊三郎先生を初めとして、故人となられた優れた先達(せんだち)、東京での最初の稽古場武蔵野剣道連盟、足掛け18年もお世話になった日本武道館の武道学園の先生方、仲間達の教えの言葉が次々と浮かんできた。

会場の出入り口の数え切れないほどのスリッパは、何度通りがかっても、きちんと内から外に向かって揃えられており、これほどの人数が長時間頻繁に出入りを繰り返しているであろうにも係わらず、整然とした見事さは圧巻であった。私はこのアリーナを他の団体で数度使用したことがあるのだが、会場の中までスリッパを履いてくる者、入り口で脱ぎ捨てて放ってしまう者が後を絶たず、何度揃えても、ひっくり返ったままだったことを思い出した。こんな些細なことでさえ、昨今の国内大会ではお目にかかれなくなってしまったのも口惜しい。

10日夜のレセプションでの会話も、言葉の違いを乗り越えて、結局はみんな「剣道が好き」というところに話が落ち着き、おおいに盛り上がった。
思えば私16歳。高校1年の冬。女子剣道部を3人で始めてから44年も剣道の空気の中に染まっていたことになる。こんなにも好きで素敵な出会いの世界があることを、改めて後輩に伝えずにはいられない。

<エッセイ目次へ>